私は大学生活の傍ら、アルバイトをしています。
某大手回転寿司チェーン店で、揚げ物をしています。
高校2年生のときに入りましたので、大体3年ちょっと続けています。
このバイトを始めるより前に2つのバイトをしていました。
今回は私のバイトの経験談を書いていこうと思います。
はじめての勤務先はおもちゃ屋でした。
そこの労働環境はお世辞にも良いものではありませんでした。
憎きおもちゃ屋
まず、誰も指導してくれない。
レジ打ちもトイレ掃除も入ったその日にやらされて、やり方を聞くと怒られました。
「代わりにやるから他のところいけ!」といわれていつまで経っても成長はしませんでした。
次に、店長の露骨な男女差別がありました。
女性には優しく、私含め男性陣には日常会話さえしませんでした。
太陽降り注ぐ真夏に、重い荷物の運搬作業を男性2人にやらせていたこともありました。
最後に、給料が最低賃金以下でした。
これは不思議に思わなかった自分がアホだったんですが、その頃の東京の最低賃金が870円そこらだったと思いますが、800円で雇われていました。
個人の経営だから大丈夫だったのかもしれませんが、私が通報していたらどうなっていたんでしょうか。
結局、高校1年の自分には精神が保たなくて1ヶ月ほど働いてからやめました。
やめて正解だったと思います。今でも許してねーぞハゲ店長。
その後何度かその店の前を通りかかりましたが(入れはしないチキンハート)、最近になって閉店したそうです。ざまあ味噌カツ。
憎きコンビニ
次に働いたのが最大手コンビニエンスストアでした。
コンビニによって厳しい場所楽な場所があると思いますが、わたしはどこまでも運が悪く、そこの地域周辺で一番厳しい店舗に入ってしまったようでした。
その地域一売上が高い店舗で、同時に店員の意識が高く、完璧な接客を求められました。
当然指導は厳しく、おばさん店員が私について回っていました。
しかし指導する人間っていうのは肝心なときに居ないんですよ。
客の対応で困っている私を助けてくれたことはほぼありませんでした。
前回のおもちゃ屋で、苦しいならやめるべきということを学んだので、2週間ちょっとで、すっぱりやめました。
その後はバイトの面接何度か受けますが、全て落ちて、軽いノイローゼにかかっていたと思います。
優しい寿司屋
2年生になってから、友だちに誘われて回転寿司屋に申し込みました。
最初は、皿洗いから始めました。
回転寿司屋の皿洗いは結構大切な役割でした。丸い皿専用の食洗機に皿を入れてそれを運んで…、というのを1年ほど続けました。
その後シフトの都合上でフライヤーを担当することになりました。
はじめのうちは何がなんだかわからなくてまたやめてしまうことも考えましたが、レシピを覚えていくと、とても簡単なことに感じてくるようになりました。
まとめ
単純作業は性に合っていたんだと思います。
そして接客は死ぬほど合っていなかったんだと思います。
皆さんは自分にあった仕事を見つけてくださいって話でした。
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